大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)5386号 判決

甲事件・乙事件・丙事件原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

押切謙徳

芳賀淳

甲事件・乙事件被告

株式会社講談社

右代表者代表取締役

野間佐和子

甲事件・乙事件被告

元木昌彦

外一名

丙事件被告

国兼秀二

右四名訴訟代理人弁護士

河上和雄

山崎惠

的場徹

主文

一  甲事件・乙事件被告株式会社講談社、同元木昌彦、同松田賢弥は、連帯して、原告に対し、金三〇〇万円及び内金一五〇万円に対する平成八年三月二七日から、内金一五〇万円に対する平成八年四月二七日から各支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  丙事件被告国兼秀二は、原告に対し、金三〇〇万円及び右金員に対する平成九年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を甲事件・乙事件被告株式会社講談社、同元木昌彦、同松田賢弥及び丙事件被告国兼秀二の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(以下、甲事件・乙事件・丙事件原告甲野太郎を「原告」と、「甲事件・乙事件被告株式会社講談社」を「被告講談社」と、「甲事件・乙事件被告元木昌彦」を「被告元木」と、「甲事件・乙事件被告松田賢弥」を「被告松田」と、「丙事件被告国兼秀二」を「被告国兼」という。)

一  甲事件

1  被告講談社、同元木及び同松田は、別紙謝罪広告(一)を、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞及び日本経済新聞の各全国版社会面に、縦二段取り、横六センチメートルとし、別紙一の表題「謝罪広告」との文字を太ゴシック体一五級とし、「株式会社講談社」、「代表取締役野間佐和子」及び「甲野太郎殿」との文字を太ゴシック体一三級とする型式により、年月日欄に掲載の日付を記載して、各一回掲載せよ。

2  被告講談社、同元木及び同松田は、原告に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する平成八年三月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

1  被告講談社、同元木及び同松田は、別紙謝罪広告(二)を、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞及び日本経済新聞の各全国版社会面に、縦二段取り、横六センチメートルとし、別紙一の表題「謝罪広告」との文字を太ゴシック体一五級とし、「株式会社講談社」、「代表取締役野間佐和子」及び「甲野太郎殿」との文字を太ゴシック体一三級とする型式により、年月日欄に掲載の日付を記載して、各一回掲載せよ。

2  被告講談社、同元木及び同松田は、原告に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する平成八年四月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  丙事件

被告国兼は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、大蔵省大臣官房審議官の職にあった原告が、被告講談社の発行する週刊誌「週間現代」平成八年三月三〇日号及び同年四月一三日号に掲載された各記事によって名誉を毀損されたとして、民法七〇九条、七一〇条、七一五条に基づき、同被告会社並びに本件記事の執筆者及び右週刊誌の編集人らに対し、損害賠償及び謝罪広告の掲載を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告講談社は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする会社であり、週刊誌「週刊現代」(以下「本件週刊誌」という。)を発行しているものであるが、同誌平成八年三月三〇日号(以下「三月号」という。)に別紙記事(一)を、同誌平成八年四月一三日号(以下「四月号」という。)に別紙記事(二)をそれぞれ掲載して各号を発行した。

(二) 被告元木は、本件週刊誌の編集人兼発行人として本件週刊誌三月号及び四月号の発行についての責任者としての立場にあった者であり、被告松田は、本件記事執筆のための取材をして別紙記事(一)及び(二)を執筆した者であり、被告国兼は、被告講談社の従業員として、当初の取材から本件記事の内容の確定及びその編集を実際に担当した者である。

(三) 原告は、昭和四四年、大蔵省に入省し、同省主計局主計官等を経て、右各記事(以下、これらの二つの記事を併せて「本件記事」という。)が掲載された当時、大蔵省大臣官房審議官の職にあった者である。

2  関係者等

(一) 乙川春夫(以下「乙川」という。)は、平成元年一月一九日、不動産取引の仲介等を目的とする常陽産業株式会社を設立した者である。

(二) 丙田夏夫(以下「丙田」という。)は、元株式会富士銀行赤坂支店の渉外第二グループ課長であった者であり、丙田が主体となってその地位を利用し、偽造した富士銀行の質権設定承諾書、預金証書などを使用して、ノンバンクに莫大な額の資金を不正に融資させて騙し取り、損失を生じさせたとして有印私文書偽造、同行使、詐欺の罪により、有罪判決を受け、現在服役中の者である(以下、右刑事事件を「富士銀行不正融資事件」という。)。

(三) 丁山秋夫(以下「丁山」という。)は、株式会社全日販の代表者であるが、富士銀行不正融資事件により丙田の共犯として有罪判決を受け、現在服役中の者である。

3  記事の内容等

(一) 本件週刊誌三月号掲載の別紙記事(一)には、被告松田の署名記事の形で次のような記載がある。

(1) 四六頁及び四七頁の大見出し部分(以下「本誌記事1」という。)「大蔵省の最大の“醜聞爆弾”甲野太郎大臣官房審議官の『巨額借金』『外車供与』疑惑」

(2) 四六頁本文二段目の部分(以下「本件記事2」という。)

「大蔵省の甲野太郎氏と富士銀行不正融資事件との関わりの深さは、当時、マスコミで報じられたような生半可なものではない。甲野氏は、不正融資グループから、巨額の借金をしていたばかりか、外車のBMWを買ってもらっていた。また、私に対して二〇〇万円の札束を出して、マスコミの記事を潰そうとまでしていたんですよ。」

(3) 四六頁本文最下段から四七頁本文最上段の部分(以下「本件記事3」という。)

「『富士銀行不正融資事件』に関して、甲野氏の“疑惑”はこれまでも何度か取り沙太されてきた。ひとつは、不正融資を受けていた不動産会社、全日販の丁山秋夫元社長(現在服役中)が代表となって開発していた北海道浦臼町のリゾート開発の現地を視察に訪れて、同町の公共工事に関する予算の陳情を受けていたこと。これが丁山元社長に対する不当な“便宜供与”だったのではないか、という疑惑である。」、「だが当初は、浦臼は視察予定には入っておらず、現地に入った甲野氏が突如、浦臼行きを希望して実現したものだった。」

(4) 四七頁本文最下段の部分(以下「本件記事4」という。)

「甲野氏が、年収1000万円程度の官僚としては、世田谷区の高級住宅地に邸宅を構え、ベンツとBMWの2台の高級外国車を所有するなど、豊かな資産を持っていたことも、疑惑を深めた。甲野氏は当時、マスコミ各社の質問に答えて、『親の資産を相続したものだ。』と答えるのみ。」

(5) 四七頁本文最下段から四八頁本文一段目まで及び四八頁本文三段目から同頁本文最下段までの部分(以下「本件記事5」という。)

「『マスコミは察知していなかったようですが、甲野氏は乙川氏から1200万円の借金をしており、当時警視庁も甲野氏と事件に関係した業者らとの癒着に非常に関心を持っていた。そのくらい疑惑は深かったんです。乙川氏と私も、当局から幾度も甲野氏との関係を問い詰められました。』当時、警視庁捜査二課が最も注目したのは常陽産業の帳簿の中身だった。その帳簿には、〈90年5月14日甲野 1200万円貸付け〉と記載されていたと、T氏は証言する。それは甲野氏が、名刺の裏に“1200万円借用”と記して乙川氏から借金をしたことを、後に帳簿に書きとめたものだった。」(四七頁本文最下段から四八頁本文一段目まで)

「T氏によれば、甲野氏所有の外車二台のうち、BMWの購入資金は乙川氏が出したものだったという。甲野氏はその購入代金と前述の1200万円の借金を、91年暮れになって慌てて返却してきた。『甲野氏の側からカネを『返却』したい旨の連絡が入ったんです。私は、甲野氏の指定の場所だったフランス大使館(東京・南麻布)の建物の角に出向いたんです。そこに、甲野夫人がベンツを運転し一人でやってきて『これはBMWの代金です』と一言いって、500万円を寄こした』(T氏)

それから時を経ずに、甲野氏から「借金」の1200万円を返すという連絡があった。常陽産業の従業員が指定のホテル・ニューオータニ(東京・四谷)に行くと、そこには甲野氏と夫人の二人が来て、現金一二〇〇万円を返却してきたという。こうした必死の隠蔽工作や、借金の返済やクルマ代の慌てた支払ぶりから見ても、甲野氏自身が、乙川元社長から受けた金銭・物品の貸与が表沙汰にしたくない類のものであったことは明白である。疑惑が発覚しなかった場合、返済したかどうか、疑問を感じざるを得ない。」(四八頁本文三段目から同頁本文最下段まで)

(6) 四八頁本文二段目から同三段目までの部分(以下「本件記事6」という。)

「甲野氏自身も91年の10月から12月にかけて、自身の疑惑を“封印”するために、さまざまな工作を行っていた。91年10月初旬には、T氏に200万円を渡し、自分の疑惑を取材していた写真週刊誌『フライデー』の記事を差し止めようと依頼したこともあったという。

『甲野氏は、自分と不正融資事件との関係が写真入りで記事になることを非常に怯えていたんです。で、91年10月初め頃、東京・青山の会員制高級レストランで甲野氏と会った。甲野氏は夫人の運転するベンツに乗ってやってきて、いまにも土下座せんばかりの憔悴し切った表情で、『追っかけられている。張り込みのライトバンが止まっているんだ。私にできることは何でもするから、何とか記事を止めて欲しい』と頭を下げ、記事差し止めの『工作資金』の形で200万円を差し出してきた。』(T氏)」

(7) 四八頁本文最下段の部分(以下「本件記事7」という。)

「甲野氏と乙川氏は、丁山元社長らと組んで店頭銘柄を中心に株をやってかなり儲けていた時期があった。」

(8) 本件週刊誌三月号四九頁本文四段目から同頁最下段まで及び四九頁最下段の部分(以下「本件記事8」という。)

「今回の甲野氏の「疑惑」は、バブル経済に踊った金融機関からこぼれ落ちたカネにタカって欲に溺れるという点で、昨年発覚した「D・Eスキャンダル」と同質のものである。」(四九頁本文四段目から同頁最下段まで)

「なぜ、次から次に、私腹を肥やす疑惑が発覚するのか」(四九頁最下段)

(二) 本件週刊誌四月号掲載の別紙記事(二)には、やはり、被告松田の署名記事の形で次のような記載がある。

(1) 一七四頁から一七五頁の見出し部分(以下「本件記事9」という。)

「本誌を名誉毀損で訴えた 大蔵官僚・甲野太郎大臣官房審議官にまだまだある「超豪華接待」疑惑」

(2) 一七五頁中央部中見出し及び同頁本文二段目から三段目までの部分(以下「本件記事10」という。)

「「女性同伴の香港旅行」疑惑」(一七五頁中央部中見出し部分)

「一度は、90年6月頃。このときは、乙川氏のほか、乙川氏の株仲間であり、不正融資事件とも深い関わりを持っていた不動産会社・日計の元社長・A氏のほか、銀座のクラブホステスが同行した。合計5〜6人で2泊3日で出かけたと聞いています」(同頁本文二段目から三段目までの部分)

(3) 四月号一七五頁三段目の部分(以下「本件記事11」という。)

「このほか、不正融資を受けたリゾート開発会社・全日販の丁山秋夫元社長から、90年に、一着およそ50万円の英国製の高級服地を贈られていた疑惑もある。」

4  本件週刊誌三月号及び四月号は、全国の書店等で販売された。

二  原告の主張

1  本件週刊誌三月号及び四月号に本件記事が掲載され、全国書店等において販売されたことにより、原告は次のとおり著しく名誉を毀損された。

(一) 本件記事1による名誉毀損

見出しは、一般的に記事の内容を代表するものであるからそれ自体で事実の摘示であるというべきところ、本件記事1は、原告を侮辱し、虚偽の事実を摘示するものであって、職務の公正が求められる原告の名誉を毀損するものである。

(二) 本件記事2による名誉毀損

原告は、不正融資グループから巨額の借金をした事実はないし、BMWを買ってもらった事実もない。また、二〇〇万円で口封じを依頼したこともない。原告は、乙川から、通常の貸借として一〇〇〇万円を借り受けたことはあるが、これは返済している。

加えて、乙川は、不正融資グループの一員と評される人物ではない。すなわち、乙川が丸晶興産株式会社に勤務していたというだけでは、不正融資事件に密接な関係を有していたとはいえず、むしろ、乙川が訴追の対象から外れていることは、不正融資事件の共犯者でないことの証左である。

したがって、本件記事2は、虚偽の事実を摘示し、原告と不正融資グループとの間にあたかも特別な関係があるかのような印象を読者に与え、原告の名誉を毀損するものである。

(三) 本件記事3による名誉毀損

原告が北海道浦臼町(以下「浦臼町」という。)を視察することは当初から予定されていたものであり、本件記事3は、読者に対し、捏造した事実を前提として、原告が不正融資事件に関与した不動産会社の社長である丁山に特別の便宜を供与したかのような印象を与え、原告の名誉を毀損するものである。

なお、過去に、原告とウラウス・リゾートとの関わりについて報道があったが、その内容は、原告の名誉を損なうようなものではなかった。また、仮に、右報道において原告の名誉を毀損するような点があったとしても、それが被告らの責任を免責する理由とはならない。

(四) 本件記事4による名誉毀損

原告の世田谷の自宅は相続によって取得したものであるにもかかわらず、右記事は、乙川との特別な関係で財産形成がなされたものとの印象を与え、原告の名誉を毀損するものである。

(五) 本件記事5による名誉毀損

原告は、BMWの購入資金を乙川から供与されたことはない。原告の妻がTにBMWの代金として五〇〇万円を渡した事実もない。原告はBMWを所有しているが、それは平成三年六月に二五〇万円で中古のものを購入したものである。

また、原告が乙川からの借り受けについて名刺の裏に記載したというような事実はない。原告が乙川から借用したのは一〇〇〇万円であり、それは、通常の貸借関係であった。さらに、原告は、ホテルニューオータニに行ってもいない。

このように、本件記事5は、虚偽の事実を指摘して、原告が乙川から特別の金銭的利益を得ていたかのような印象を与え、原告の名誉を毀損するものである。

(六) 本件記事6による名誉毀損

原告は、記事差し止めの工作資金として二〇〇万円を出したこともなければ、青山のレストランでTと会ったこともない。

本件記事6は、虚偽の事実を摘示して、あたかも原告が不正融資事件に関連があり、それをもみ消そうとしていたかのような印象を読者に与え、原告の名誉を毀損するものである。

(七) 本件記事7による名誉毀損

原告は株式取引の経験があるが、丁山と共同して株式取引を行ったことはない。

本件記事7は、原告が丁山と特別の関係より株式取引を行って利益を与えたとの印象を読者に与え、原告の名誉を毀損するものである。

(八) 本件記事8による名誉毀損

原告は、本件記事8に摘示されているように金融機関からこぼれ落ちた金にたかって私腹を肥やしたことはなく、右記事は、原告の名誉を毀損するものである。

仮に、本件記事8が事実摘示ではなく、論評に当るとしても、原告は、友人である乙川から一〇〇〇万円を借りて、これを返済したにすぎず、この事実が本件記事8の論評の基礎となったすれば、「私腹を肥やす」と論評することは公正ではない。

(九) 本件記事9による名誉毀損

本件記事9は、原告に多数の超豪華接待疑惑があるとの虚偽の事実を摘示して、職務の公正が求められる公務員たる原告の名誉を毀損するものである。

(一〇) 本件記事10による名誉毀損

原告は、乙川、A及び銀座のクラブホステスと一緒に香港旅行したことはない。

本件記事10は、四月号一七四頁から一七五頁の中で、富士銀行不正融資事件と関わりがあると記載されている乙川及びAと共に、原告が銀座のクラブホステスを連れて香港旅行をした旨の虚偽の事実を摘示し、原告の名誉を毀損するものである。

(一一) 本件記事11は、虚偽の事実を摘示して、あたかも原告が富士銀行不正融資事件と関係があるかのような印象を読者に与え、原告の名誉を毀損するものである。

2  よって、原告は、

(一) 被告講談社は、被告元木及び被告松田に対し、民法七〇九条、七一〇条、七一五条に基づき、前記の各名誉毀損によって被った精神的損害の賠償として合計金一〇〇〇万円(甲事件、乙事件各五〇〇万円)及びこれに対する各訴状送達日の翌日(甲事件につき平成八年三月二七日、乙事件につき同年四月二七日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、民法七二三条に基づき、別紙謝罪広告(一)及び(二)の掲載を求め(甲事件及び乙事件)、

(二) 本件記事の編集に実質的に関与した被告講談社の従業員である被告国兼に対し、前記の各名誉毀損によって被った精神的損害の賠償として金一〇〇〇万円及び訴状送達の日の翌日である平成九年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(丙事件)。

3  真実性に関する被告の主張に対する反論

この点に係る後記の被告の主張は、Tの供述が信用できるという点に尽きるものであるが、Tの供述は、その内容からして信頼すべきものとはいえない。

なお、Tは、平成六年秋ごろ、警視庁に対して原告が仮名で常陽産業から借り入れをしているとして捜査を依頼したが、警視庁から、その捜査要請を拒絶されただけでなく、それを公にすれば、名誉毀損になる旨警告されたことがある。

三  被告らの主張

1  本件記事1ないし11において摘示された事実について

(一) 原告の主張は、被告講談社の編集部がいわばエピソードとして引用した各事実を逐一指摘して、これらの事実によって名誉が毀損されたと主張するものである。

(二) しかし、本件記事は、全体として読めば、原告が反社会的経済活動に加功した乙川と金銭的に癒着していたという事実を記載していることが明らかであり、原告の社会的評価が低下したのは、右の事実によるのであって、エピソードとして引用された個々の事実によるのではない。

また、右事実の個々の構成部分ともいうべき被告講談社の編集部が引用した各エピソードが示す事実関係は、原告も概ね認めることができることであり、その一つ一つを非難することには意味がない。

(三) そして、癒着の事実が原告の名誉を低下させたとしても、後述のように原告と乙川との間に金銭的な繋がり、すなわち癒着があったということは、真実であるから、被告らの本件行為には違法性がない。

2  本件記事1ないし11に関する主張

(一) 本件記事1について

本件記事1は、見出しである。右見出しそれ自体は、具体的な事実の伝達をするものではなく、「醜聞爆弾」という表現は、疑惑として掲げられた事柄自体に対するものであって原告に対する侮辱には当らない。

(二) 本件記事2について

乙川は、富士銀行不正融資先企業であった訴外丸晶興産株式会社(同社の代表者のCは、富士銀行不正融資事件で懲役一〇年の実刑判決を受けた。)に勤務した後、常陽産業株式会社を設立し、訴追こそ免れたものの、富士銀行不正融資事件に密接に関わり、一連の詐欺事件において重要な役割を果たした人物である。

原告は、そのような乙川から一〇〇〇万円という巨額な金員を借用したのであるから、原告が不正融資グループから巨額な借金をしたということは真実である。

また、原告が外車を購入してもらっていたことも真実である。

(三) 本件記事3について

原告が浦臼町に視察に赴いて陳情を受けたという疑惑は、既に広く報道されていた。本件記事3は、新たな取材活動によって明らかになった事実を踏まえて、右ウラウス・リゾート開発案件に関する疑惑を改めて摘示したものにすぎず、内容に不適切な表現もない。

原告には、右開発案件に絡む便宜供与と批判されてもおかしくない行状が認められ、こうした事実は報道されていた。

(四) 本件記事4について

本件記事4は、原告の保有財産の豊さが原告の疑惑を深めたという事実及びこれに対して原告が相続による取得であると弁明した事実をそれぞれ客観的に記述して、かつて不正融資事件に関連して原告をめぐって疑惑が指摘されていた事実を述べたものにすぎず、乙川との特別な関係により財産形成がなされたというような事実は、なんら記載されていない。

(五) 本件記事5について

乙川が原告に対して一二〇〇万円を貸し付け、BMWの購入資金を提供したことは、Tが直接経験した事実として同人から証言を得ており、真実である。

また、発覚しなければ返済したかどうか疑問を感じるとの記載は、乙川が原告に対して金銭を貸し付けた事実、その後長期間にわたって返済がされないまま放置され、疑惑が発覚した後に慌てて返済がなされた事実、金銭の貸し付けについてこれを隠蔽しようとする行動とられた事実があり、これらを基礎に行われた論評として相当である。

(六) 本件記事6について

原告がTに対しフライデーの記事を差し止めるための工作資金として二〇〇万円を提供したことは、Tが直接経験した事実として同人から証言を得ており、真実である。

(七) 本件記事7について

本件記事7は、原告の行状を否定的に報じたものではなく、原告の社会的評価を低下させるものではない。

また、原告が、乙川らと共同して株取引をしていたことは、Tが直接経験した事実として同人から証言を得ており、真実である。

(八) 本件記事8について

本件記事8は、原告が、乙川と金銭の貸借関係を含む親密かつ濃厚な関係を持ち、度重なる饗応関係もあったこと、乙川が富士銀行不正融資事件に密接に関係したと認められる立場にあった者であるということからして、これらを基礎事実とする評論として相当なものである。

(九) 本件記事9について

本件記事9は、具体化された特定の事実を摘示したものではなく、必ずしも一義的ではない抽象的な表現にとどまるものである。

したがって、虚偽の事実の摘示には当らない。

(一〇) 本件記事10について

本件記事10において摘示した原告の香港旅行の事実は、被告講談社編集部が取材により確認しており、真実である。

(一一) 本件記事11について

原告が丁山より高級服地を贈られた事実は、被告講談社週刊現代編集部が取材により確認しており、真実である。

3  本件記事の公益目的性

平成三年八月に発覚し、実行犯に対しては最高懲役一二年という重い処罰が加えられた富士銀行不正融資事件は、丙田を中心として、富士銀行赤坂支店及び市ケ谷支店を舞台にした文書偽造及び巨額詐欺事件であり、戦後最大の金融不祥事として関心を集めた。

原告は、当時、大蔵省において、銀行局中小金融課長という地位にありながら、右事件の当事者らと濃密な交際を行い、経済面をも含めた結びつきを深めていた。平成三年九月、右事件の当事者が相次いで逮捕された当時、原告と右事件の当事者らとの結びつきが注目を集め、このことをめぐって多数の報道がなされた。

本件記事は、住専問題、信用組合問題を通じて大蔵官僚の素行、行状が社会問題化し、また、当時の首相の元秘書による富士銀行不正融資事件への関与が改めて問題とされる中で、大蔵省において要職を歴任した典型的な大蔵官僚である原告が、富士銀行不正融資事件に関わる者らと経済的結びつきを含めた濃密な関係を持っていたという事実を、直接に事実を見聞し、体験した者の新たな証言に基づいて、公衆に対して伝達したものであり、大蔵官僚の反社会的な行状を公衆に訴え、E、Dと続く大蔵官僚の犯罪者グループとの癒着、腐敗の構造を明らかにして、大蔵行政に対する監視を促す趣旨で、企画、作成し、掲載したものである。

右のとおり、本件記事は専ら公益目的をもって掲載されたものである。

4  本件記事の摘示事実の真実性ないし真実と信ずるに相当な事由の存在

(一) 本件記事に摘示された各事実は、直接体験者であるTの見聞事実に基づく供述を忠実に記載したものであるが、右供述内容は、借用書の偽造等の客観的証拠にも沿っているものであり、真実と認められる。

(二) 仮にそうでないとしても、被告らには、真実と信ずるに足る相当な事由が存在した。

すなわち、本件記事は、Tが直接体験した事実として供述したものを記載したものであって、その供述に手を加えてはいない。そして、Tは、乙川の二〇年来の側近であって、平成四年三月三日から同五年五月一一日まで常陽産業の取締役を務め、乙川から富士銀行不正融資事件についてのマスコミ、警察に対する対策の依頼を受けていた者である、しかも、供述内容は、借用書の偽造という客観的証拠に合致している。

また、被告松田は、当時の浦臼町長である山本要ほか関係者を取材し、また、取材チームは、偽造された借用書を手に入れ、平成八年三月一二日及びその後も、Tから取材し、その後に明らかになってきた周辺事実についても、記事にする前に、同人から確認を取っている。

これらのことからすれば、被告らには、真実と信ずるに足る相当な事由が存在していたというべきである。

5  本件表現行為の正当性、相当性

原告は、その陳述書の中で、原告は、平成二年五月に乙川から一〇〇〇万円を借り、平成三年一一月に返済したこと、原告は、平成二年六月に外車を乙川から二五〇万円で購入したこと、原告は、乙川と飲食を共にし、銀座のクラブ「ピロポ」でも数回一緒に飲んだことがあり、その際には、常に数名が同席していたこと、を述べている。

また、平成八年一二月二六日大蔵省職員倫理規定が取りまとめられたが、原告にとって、乙川は、右規定によって接待や飲食等を禁じられる関係業者に当ることは明白であり、右倫理規定に照らせば、原告と乙川との関係は、たとえ原告が主張するように私的な交友関係であったとしても、許されることではない。

本件記事が、このような便宜供与原告と乙川との関係を、許されない関係として摘示して批判することは、報道における表現行為として、正当なものである。

四  争点

1  本件記事1ないし11は、原告の名誉を毀損するか。

2  本件記事1ないし11に原告の名誉を毀損する事実の摘示があるとすれば、右事実は真実であるか。そうでないとしても、被告らにおいて右事実が真実と信じるについて相当の理由が存在したか。

また、本件記事1ないし11に原告の名誉を毀損する論評があるとすれば、当該論評が報道における論評として正当なものであったか。

第六 当裁判所の判断

一  争点1について

1  本件記事2について

(一)  本件記事2は、Tの証言として、その談話を紹介するものであるが、その内容は、①原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から巨額(一二〇〇万円)の借金をしていた事実、②原告は、富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から外車(BMW)を購入してもらっていた事実及び③原告は、右事実が世間に明らかにならないよう画策していた事実が、それぞれ存在したと表明するものである。

そして、そのような談話を述べたTは、別紙記事(一)において、富士銀行不正融資事件により「不正融資を受けていた不動産会社・常陽産業の乙川春夫社長(乙川冬夫・元外相の四男)の二〇年来の側近であり、常陽産業の役員でもあった」と紹介されており、特に、本件記事2においては、原告がTに対し「二〇〇万円」を交付することによって「マスコミの記事を潰そうとまでしていた」とのTの談話を紹介して、右事実は、Tが直接経験した事実のように表現されている。

したがって、右のことからすれば、本件記事2は、一般読者に対し、記事内容が事実であるとの印象を与えるものと認められる。

(二)  しかし、本件記事2が摘示する事実である、①原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から巨額(一二〇〇万円)の借金をしていた事実、②原告は、富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から外車(BMW)を購入してもらっていた事実及び③原告は、右事実が世間に明らかにならないよう画策していた事実は、公務員である原告の職務の構成に疑いを抱かせる内容であるというべきであるから、本件記事2が、原告の名誉を毀損することは明らかである。

2  本件記事3について

(一) 本件記事3は、まず、原告が富士銀行不正融資事件について原告に疑惑が取り上げられてきた旨の記載に続き、原告が浦臼町への視察をした際、同町の公共工事に関する予算の陳述を受けたが、これは、同町のリゾート開発を進めていた不動産会社全日販の元社長である丁山に対する便宜供与ではないかとの疑惑があるとした上で、原告の右浦臼町への視察は、当初、視察日程に入っていなかったところを原告が突然希望して実現させたものであった旨記載している。

(二) ところで、本件記事3の「だが当初は、」で始まる後半部分の直前には、原告自身が、いわゆるふるさと創生資金の成果を見るための視察であると語っていた旨の記載があり、その直後の本件記事3の後半部分において、原告が突然北海道浦臼町の視察を希望してその視察を実現したとの記載が続いている。

また、本件記事3に続いて、右視察を受けた浦臼町の町長山本要(以下「山本」という。)が首をひねりながら語ったこととして、「大蔵省主計局の官僚が来てくれるなんて、前代未聞で本当に驚いた。」「不可解なことにこちらが何も言わないのに甲野さんの方から『何か懸案事項はありますか』と聞いてきた」「町内の橋の架け替えの話をしました。」、大蔵省の官僚に直接陳情するなどということは、「不自然」だ、という記載(以下「山本の談話」という。)がある。そして、右橋の架け替えは、予算一〇〇億円が計上され、実際に着工されたとの記載が続いている。

これらの前後の記載を併せて読めば、原告の右浦臼町視察の不自然性が強調されており、一般読者は、本件記事3に述べられた原告の浦臼町への視察が丁山への便宜供与ではなかったか、との疑惑が合理的な根拠をもった論評であるとの印象を持つものと認められる。

したがって、本件記事3の摘示する①原告が当初視察予定に入っていなかった浦臼町への視察を実施させ、同町の公共工事に関する陳情を受けたという事実及び②右①が丁山に対する便宜供与と評価されるべきであるとの論評は、一般読者に、公務員である原告の職務の公正に疑いを抱く印象を与えるというべきであるから、原告の名誉を毀損するものと認められる。

なお、本件記事3の記載に続いて、山本が右浦臼町の橋の架け替え工事と原告の浦臼町の視察は、無関係だと繰り返したという趣旨の記載があるが、右記載は記事の末尾に括弧書きで記載されているものであり、右記載によって、本件記事3に述べられた丁山への便宜供与疑惑が合理的なものであるとの印象が減殺されているとまでは認められない。

また、被告らは、原告のウラウス・リゾートの視察にまつわる疑惑は、既に広く報道されていたから本件記事3は、原告の名誉を毀損しないと主張するが、証拠(乙一)及び弁論の全趣旨からすれば、平成四年にそのような報道がなされていることは認められるものの、それから本件週刊誌三月号の発行までは、四年あまり経過しており、従前に同趣旨の報道があったからといって、本件記事3によって新たに原告の名誉が毀損されないということはできない。

3  本件記事4について

(一) 本件記事4は、原告が世田谷区の高級住宅地に住居を有すること、ベンツとBMWといった乗用車を所有する旨記載し、これらの事実は原告の収入と比較すると原告の「疑惑を深めた」とする一方で、右資産を原告が取得するに至った経緯に関して、相続により取得した旨の原告の回答を記載したものである。

(二) 原告は、本件記事4は、原告が乙川との何らかの特別な関係により財産形成をしたとの印象を与えるから、原告の名誉を毀損する旨主張する。

しかし、本件記事4の記載の前後を対照しても、本件記事4が「疑惑を深めた。」と指摘する疑惑が、乙川との特別な関係によって原告が財産を形成したことを意味するのかは判然とせず、「親の資産を相続したものだ」との原告の発言を具体的な発言の形で記載していることも考慮すると、一般読者が、本件記事4によって、原告が乙川との何らかの特別な関係により財産形成をしたとの印象を与えるとまでは認められない。

4  本件記事5について

(一) 本件記事5の「マスコミは察知していなかったようですが、」で始まる前段部分は、原告は、乙川から一二〇〇万円の借金があり、右を示す常陽産業の帳簿も存在していたことから、警視庁は原告と富士銀行不正融資事件に関与した業者との癒着に関心を持っており、そのため、乙川とTは、警察から幾度も原告との関係を問い詰められたことがあり、また、原告は、その名刺の裏に「一二〇〇万円借用」と書いて乙川から一二〇〇万円の借金をしたが、その後に帳簿に書いたものであることなどを、Tの談話の形で記載したものである。

そして、本件記事5の「T氏によれば」で始まる後段部分は、原告の所有するBMWの購入資金は、乙川が提供したものであったが、原告は、平成三年暮れ頃、BMWの購入資金として五〇〇万円及び乙川から借りていた一二〇〇万円を慌てて乙川に返却したとし、右のような原告が慌てて金銭を返却したという事実から、原告に疑惑が指摘されなければ、原告が乙川に対し、右BMWの購入資金である五〇〇万円及び借金である一二〇〇万円を返済したか、疑問があるというものである。

右のような本件記事5は、一般読者には、①原告は富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から一二〇〇万円の借金をしていた事実、②原告は、乙川に対し、BMWの購入資金であるとされる五〇〇万円を慌てて支払ったとの事実、③原告と乙川間の貸金とされる一二〇〇万円を原告が慌てて返済してきたとの事実、④原告に疑惑が指摘されなければ、右③の返済は、なされたかどうか疑問を感じる旨の論評を表明するものと解される。

(二) 本件記事5のうち、前段部分は、別紙記事(一)の中で既に乙川の側近であり、また常陽産業の役員であった者として紹介されているTが、乙川からの一二〇〇万円の原告の借金に関する部分については、その存在を示す記載のある帳簿が存在しているなどと根拠を明示して供述した内容になっており、原告との関係を警察から問い詰められたという部分もT自身の体験として記載されている。

また、本件記事5の後段部分のうちの事実の摘示に関する部分は、「T氏によれば」との記載から始まり、その内容がTに対する取材により裏付けられていることを明示し、BMWの購入資金としての五〇〇万円及び貸金としての一二〇〇万円のそれぞれの返却場所についても具体的に記載されている。

したがて、これらのことからすれば、本件記事5のうち前記④の論評以外の部分は、一般読者に対し、右Tの供述する内容が真実であるという印象を与えるものと認められる。

(三) そして、同じ別紙記事(一)の記事の中で乙川が不正融資を受けていた常陽産業の社長として紹介されていることからすれば、本件記事5のうち、原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から一二〇〇万円の借金をしていたとの部分、原告が乙川に対し、BMWの購入資金であるとされる五〇〇万円を慌てて支払ったとの部分、原告と乙川間の貸金とされる一二〇〇万円を原告が慌てて返済してきたとの部分は、いずれも、一般読者に、乙川から原告が特別な金銭の供与を受けていたものであるとの印象を与え、公務員としての原告の信用を低下させ、名誉を毀損するものである。

(四) これに対し、「疑惑が発覚しなかった場合、返済しなかったかどうか、疑問を感じざるを得ない。」との評論部分は、右記事の執筆者とされている被告松田がそのような「疑問を感じる」という形で表現されており、同人の感想を述べるに止まり、原告が必ず返済しなかったであろうと決めつけるものでもないから、この程度の表現をもって原告の名誉が毀損されたとは認め難い。

5  本件事件6について

(一) 本件記事6は、同年一〇月初旬、原告は、Tに二〇〇万円を差し出して、富士銀行不正融資事件と自分自身の関わりについての週刊誌フライデーの記事の発行を止めて欲しい旨依頼してきたとのTの談話を紹介するものである。

(二)  本件記事6の末尾には、括弧書きではあるが、「(T氏)」との記載があり、Tの発言が右記事の根拠となっていることを示しているところ、本件記事6の記載内容は、全てTが直接経験した事実として記載されており、前述した別紙記事(一)中のTについての紹介内容からすれば、本件記事6は、一般読者に対し、右Tの談話の内容が真実であるとの印象を与えるものであると認められる。

そして、右Tの談話の内容である、原告が富士銀行不正融資事件へ関与した上、金銭をもって、右事実が公になることを防ごうと画策していたということは、公務員としての原告の信用を低下させ、名誉を毀損するものである。

6  本件記事7について

(一) 本件記事7は、原告の株式取引に関するものであるところ、原告は、本件記事7は、一般読者に対し、原告が乙川及び丁山との特別な関係により株式の取引を行い、財産形成をしていたとの印象を与えるから、原告の名誉を毀損するものであると主張する。

(二) なるほど、乙川は、別紙記事(一)において富士銀行不正融資事件に関与した者として紹介され、また、丁山は原告から便宜供与を受けた者として紹介されている。

しかし、本件記事7は、専らTの談話の形で記載され、原告が乙川及び丁山らとどのように株式取引をしたのかという点については、何ら触れられておらず、別紙記事(一)の他の個所にも、株式の取引に関連して乙川及び丁山が何らかの不正な取引をした、などの記載はない。

そうすると、原告が主張するように本件記事7が一般読者に対して、原告が乙川及び丁山との特別な関係により株式の取引を行い不正に財産形成をしていたとの印象をもたせるものであるとまでは、にわかに言い難く、それ自体として原告の職務の公正や信頼といった社会的信用を毀損するものとはいえない。

7  本件記事8について

本件記事8は、一般読者の観点からすれば、原告が金銭欲に溺れ、私腹を肥やしているとの論評を表明するものと解される。

本件記事8の中の原告の「疑惑」が何を指しているものかは必ずしも明確ではないが、前記のとおり、別紙記事(一)は、原告が富士銀行不正融資事件に関与したとする乙川から借金をし、外車を与えられたとの事実摘示を前提としていることからすると、本件記事8の論評の内容は、一般的な読者に対して一定の説得力を持って受け取られるというべきであり、公務員である原告の社会的信用を低下させ、名誉を毀損するものである。

8  本件記事1について

(一) 本件記事1は、本件週刊誌三月号のいわゆる見出しである。

一般に、見出しは、一般人に記事本文を読ませること及び読者が記事本文の内容を一目で理解できるようにすることを目的として付される表題であることから、見出しそれ自体の表現として、省略や誇張等の正確性を犠牲にした表現や、修飾文字・写真等を併用した刺激的、衝撃的な表現がされることは、やむを得ない面もあり、一般読者としても、右見出しの目的及び性質をそのようなものと理解して見出しを読むのが通常である。

そこで、見出しが人の名誉を毀損するものかどうかは、それに続く記事本文の記載を考慮しつつ、検討する必要がある。

別紙記事(一)を検討すると、原告が乙川から一二〇〇万円の借金をしていたという趣旨の記載及び原告が乙川から外車の購入資金の交付を受け、後に原告は、乙川に対し返還したが、当初から右購入資金は返還されるものであったのか疑わしいという趣旨の記載があり、これと本件見出し中の「巨額借金」「外車供与」疑惑との記載が対応するものであることは、明らかであり、原告の氏名の前の「大蔵省最大の“醜聞爆弾”も原文又は原告についての右「巨額借金」「外車供与」疑惑に対する修飾的表現であると解するのが自然である。

そして、右見出しに対応する記事本文自体、原告の名誉を毀損する内容であることは前記のとおりであるから、別紙記事(一)の本文の記載を考慮に入れても、その見出しである本件記事1は、原告の名誉を毀損するものというべきである。

9  本件記事10について

(一) 本件記事10は、原告が、平成二年六月ころ、乙川、A及び銀座にあるクラブのホステス数名らとともに、香港に二泊三日の旅行に出かけたと聞いている旨の乙川の知人の談話を紹介するものである。

そして、本件記事10の前には、「複数の証言によれば」との記載があり、右原告が香港旅行をしたということの裏付けがあることが示されていること及び本件記事10には、同行者として乙川が明示されているところ、本件記事10の記載は、その乙川の知人の証言によるという形で記載されていることからすれば、本件記事10は、一般読者に対し、右乙川の知人の談話の内容が真実であるとの印象を与えるものである。

(二)  本件記事10の内容をみれば、別紙記事(二)において、乙川及びAは、富士銀行不正融資事件に関与した者として紹介されていること、「女性同伴の香港旅行疑惑」などと小見出しをつけるなどして、右旅行がいかにもいかがわしさを否定できない旅行であることが強調されていることを考慮すれば、本件記事10の摘示する前記の乙川の知人の談話の内容は、公務員である原告の社会的信用を低下させ、原告の名誉を毀損するものである。

10  本件記事11について

(一) 本件記事11は、原告が丁山から一着五〇万円の英国製の服地を贈られた疑惑があるとの事実を述べたものである。

本件記事11は、それに続いて、警視庁が押収した全日販の経理書類、領収書類、全日販社員の事情聴取から、本件記事11に記載のある疑惑が浮上したと記載されていることから、一般読者に対し、本件記事11の疑惑の存在が真実であるとの印象を与えるものというべきである。

(二) そして、丁山が富山銀行不正融資事件に関与する者として紹介されていることも併せて考えれば、本件記事11の摘示された原告が丁山から一着五〇万円の英国製の服地を贈られたとの疑惑が存在するとの記載は、公務員である原告の社会的信用を低下させ、その名誉を毀損するものである。

11  本件記事9について

(一) 本件記事9は、いわゆる見出しであり、「まだまだある」としている疑惑とは、本件記事10及び11を指していると読むことが自然である。

(二) そうだとすると、前記のとおり、本件記事10及び同11が原告の名誉を毀損するものであるから、本文中の記載を考慮に入れて考えても、本件記事9は、本件記事10及び同11と一体となって原告の名誉を毀損するものと認められる。

二  争点2について

1(一)  そこで、まず、本件記事1ないし11が公共の利害に関する事実に係るものであるか否か検討する。

証拠(甲一、同三)によれば、本件記事1ないし11の内容は、要するに、原告について、大蔵省の要職を務める公務員としての適格性の有無を問題にする趣旨の記事であり、原告の交友関係等に言及するところがあっても、右適格性の有無を検討するためのものであるから、本件記事1ないし11は、公共の利害に関する事実に係るものであると認められる。

(二) また、被告らが専ら公益を図る目的に出たものであるか否かを検討する。

証拠(甲一、同三、乙一〇)によれば、本件記事1ないし11は、原告の行動を題材とし、大蔵省の官僚の公務員としてのあり方について問題を提起し、批判することを目的とするものであると認められるから、専ら公益を図る目的に出たものであると認めることができる。

なお、原告は、本件記事9ないし11については、原告が被告に対し、本件記事1ないし8についてその名誉を毀損されたとして訴え(平成八年(ワ)第五三八六号事件)を提起したことに対する意趣返しとしてこれらの記事を掲載したものであるから、公益目的に出たものではない旨主張し、甲三号証(本件週刊誌四月号の誌面)には、冒頭に原告が本件週刊誌三月号の別紙記事(一)について名誉を毀損されたとして訴え(平成八年(ワ)第五三八六号事件)を提起した旨の記載があり、本文中でも、右の訴状の一部を引用した上で、「平然とこうした訴えを起こすとは、厚顔無恥もはなはだしい。」との記載がある。

しかし、右の事実だけでは、本件記事9ないし11が原告の訴え提起(平成八年(ワ)第五三八六号事件)に対する意趣返しであると認めるのは困難であり、むしろ、証拠(甲三)によれば、本件記事9ないし11は、本件記事1ないし8を掲載した本件週刊誌三月号に続くものとして、新たに原告が台湾旅行に行った事実等を本件記事9ないし11として記載していることからすれば、本件週刊誌三月号と同様に、前記の専ら公益を図る目的に出たものと認めるのが相当である。

2  そこで、次に、本件記事1ないし11の原告の名誉を毀損する事実摘示及び論評について、違法性及び故意過失の有無を順次検討する。

(一) 本件週刊誌三月号及び同四月号の執筆、掲載に至る経緯の概要

証拠(乙一〇、被告国兼秀二)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件週刊誌に被告松田の署名記事を作成する場合、被告国兼及び同松田が記事として成立するかを検討して、編集会議に記事計画案として提出することになっていた。

本件記事については、平成八年二月ころ、被告国兼が右編集会議に記事計画案を提出し、本件週刊誌編集長から記事として採用する旨の決定を受けて、被告国兼、同松田及び本件週刊誌契約記者を加えた取材班が結成され(以下「被告国兼ら取材班」という。)、取材が開始された。

(2) 本件週刊誌の発売日は毎週月曜日であるが、本件週刊誌の編集部は、取材の進展状況を踏まえて、どの記事を載せるかについての検討のための企画会議を毎週水曜日、金曜日、月曜日に行い、その週に発売される本件週刊誌に掲載される特集記事は、その前の週の水曜日の夜が原稿の入稿の最終締切りとなっていた。

(3) 国兼ら取材班は、平成八年三月一二日、Tから、東京都千代田区永田町のキャピトル東急ホテルの一室で取材を行った。

(4) そして、被告国兼及び同松田は、それまでの取材を検討し、右Tの供述を信用性あるものと考えて、本件記事1ないし8を含む別紙記事(一)を作成し、校了前に再度Tから記事内容のチェックを受けた上で、本件週刊誌三月号に掲載した。

(5) また、本件週刊誌三月号の発行以降も取材を継続した結果、本件記事9ないし11を作成し、本件週刊誌四月号に掲載した。

(二) 原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から一二〇〇万円を借入し、平成三年暮れに慌てて返済した事実について

(1) 前記のとおり、右のうち、前者の事実は、本件記事1の「巨額借金」との記載の根拠となった事実であるとともに、同2及び同5において摘示された事実であり、後者の事実は、本件記事5において摘示された事実であって、いずれも、原告の名誉を毀損するものである。

(2) そこで、まず、これらの事実が真実であるか否かを検討する。

ア 原告が乙川から一二〇〇万円を借入した事実の有無について

証拠(甲五、同一〇、同一一、同一二、証人乙川春夫、原告甲野太郎)及び弁論の全趣旨によれば、

a 乙川は、平成二年五月一四日ころ、原告に対し、利息の支払や債権保全のための担保の提供の取り決めのないまま、一年ないし二年後ころまでに返済するとの約束のもとに、一〇〇〇万円を貸し付けたこと、

b その後、原告は、平成三年一一月ころ、都内のホテルにおいて、同人の妻から常陽産業の経理担当の従業員Bに現金を手渡す方法で、乙川からの借入金一〇〇〇万円を弁済したこと

が、それぞれ認められる。

この点について、証人Tは、警視庁に提出されている証拠の中に「90年5月14日 甲野 1200万円 貸付け」との記載のあるものが存在することを乙川及びBから聞いたことがあり、また、時期は定かでないが、乙川の指示で、都内のホテルに行ったとき、そこで右一二〇〇万円がBに返済されたと供述する。

しかし、右警察に提出された証拠についてのTの右供述は、乙川及びBからの伝言であって、自ら確認したものではないし、原告からの一二〇〇万円の返済の点についても、同人自身は、ホテルまでは行ったが、Bを残して、自らはそこを立ち去り、現金授受の現場には立ち会わなかったというのである(証人T)から、前掲の各証拠と対比して、Tの右供述を信用することはできない。

イ 乙川が富士銀行不正融資事件の関与者であるか否かについて

a 証拠(甲一三、同二三、乙一七、証人乙川春夫)によれば、常陽産業は、平成二年四月七日にノンバンクであるジーシー株式会社(以下「ジーシー」という。)から約一五〇億円を借り受けたこと、常陽産業が平成三年九月二日に丸の内警察署に対して任意提出した書類には、貸主をジーシー、借主を常陽産業とする証券担保融資取引約定書及び質権設定者を常陽産業、質権者をジーシー、金額を一五〇億円とする質権設定承諾依頼書が存在したことが認められる。

また、被告国兼秀二は、その本人尋問において、取材の結果、平成四年三月二七日付の丙田の検察官に対する調書を入手し、これには、常陽産業が不正融資を受けていたと判断するに足る記載が存した旨を供述し、証拠(乙一二、同一七)によれば、丙田は、別件の民事訴訟の証人として証言した際、ジーシーから常陽産業に対する右約一五〇億円の貸付は、架空の預金証書及び質権設定承諾書などにより引き出された不正なものであったこと、丙田自身も、常陽産業から総額一億二五七〇万円余りの金員を不正融資の見返りと認識して受け取っていたと供述している。

b しかし、乙川は、常陽産業がジーシーから約一五〇億円を借り受ける際、それが不正融資であると認識していなかったと供述し(乙一二)、また、右丙田も、乙川については、一貫して、同人は、右融資はすべて丙田に任せており、どのような仕組みで融資がなされるかについての認識はなかったと供述している(乙一三、同一七)。

また、証拠(甲二三、乙一七)及び弁論の全趣旨からすれば、丙田の行った不正融資の手法は、富士銀行赤坂支店において、架空の定期預金証書、通知預金証書又はその通帳をノンバンクに持込んでそれを担保に金員を借入れ、それを富士銀行に預金したこととし、ノンバンクに質権設定書を交付するという方法であったことが認められるが、常陽産業は前記の約一五〇億円の貸付金を第一勧業銀行町村会館出張所の常陽産業名義の普通預金口座に入金し、富士銀行赤坂支店の普通預金口座には預金していないことが認められる。

c したがって、被告国兼が根拠として主張する平成四年三月二七日付の丙田の検察官に対する調書が書証として提出されず、また、甲一三号証(押収品目録交付書)に記載された証券担保融資取引約定書、質権設定承諾依頼書そのものの提出もされていない本件においては、前記aの各証拠だけから、常陽産業のジーシーからの約一五〇億円の借り入れが不正融資であり、乙川もこれが不正なものと認識して右融資に関わっていたとまで認定することは困難である。

ウ  以上によれば、原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から一二〇〇万円を借り、平成三年暮れに慌てて返済したとの事実の摘示は、原告が乙川から一〇〇〇万円の借金をした事実は認められるものの、右事実摘示の主要な部分である乙川が富士銀行不正融資事件の関与者であることについての証明がない以上、右記事についての真実性の証明があるものとは認められない。

(3) 次に、原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から一二〇〇万円を借りていたという事実を真実と信じるについて相当の理由があるといえるか否かを検討する。

ア 被告らは、捜査関係者、ジャーナリスト、被告国兼ら取材班が入手した丙田の検察官に対する調書から、乙川が不正融資グループの一員であり、原告が乙川から一二〇〇万円を借りていると判断した旨主張する。

確かに、証拠(乙一〇、被告国兼秀二、証人T)及び弁論の全趣旨によれば、被告国兼ら取材班は、平成八年三月一二日、Tを取材し、その際、Tは、国兼ら取材班に対し、前述の供述内容のほか、T及び乙川は、警視庁捜査二課から原告の富士銀行不正融資事件との関わりを厳しく追及されたが供述を拒んだなどと供述したことが認められる。

また、証拠(乙一〇、被告国兼秀二)によれば、被告国兼は、右Tに対する取材の前に、知人のジャーナリストから、原告の借金を隠すために乙川及びTが偽造したものであるとの説明の下に、貸主を常陽産業、借主を甲野次郎、金額を一二〇〇万円との記載のある借用書及び受領書(乙六、同七)を入手したが、その入手先は教えられなかったこと、被告国兼は、平成四年三月二七日付の丙田の検察官に対する供述調書を入手したことが、それぞれ認められる。

イa しかし、Tの供述がにわかに措信し難いものであることは、先に判示したとおりである。

b また、証拠(甲六の一及び二、甲八、被告国兼秀二)及び弁論の全趣旨によれば、被告国兼ら取材班は、本件週刊誌三月号を発行する前、原告の自宅に電話したが、取り次いでもらえなかったこと、そこで原告の出勤前に原告宅の前に待機して取材しようとしたが、取材できなかったこと、その後、平成八年三月一三日、大蔵省の広報室を通じて、常陽産業及び乙川から金銭及び物品の供与賃借を受けたことがあるかどうかという点などについて回答を求めた質問書(甲八)(以下「本件質問書」という。)を送付したこと、これに対しては、原告から回答がなされたが、国兼はその内容に満足しなかったこと、次いで、原告の依頼を受けた押切謙徳弁護士(本件訴訟代理人)が、原告の代理人として、平成八年三月一五日到達の内容証明郵便で、被告講談社に対し、乙川から金品の供与を受けたことは全くなく、乙川の原告に対する貸金は存在したが、既に数年前に返済済みであることなどの記載ある旨の通知書を出したこと、しかし、右内容証明郵便が到達した時には、本件週刊誌三月号の校了日は過ぎていたことが、それぞれ認められる。

しかし、証拠(甲八)によれば、本件質問書は、乙川との金銭関係についての質問が含まれているが、その回答期限を本件質問書を送った当日の午後八時までと一方的に指定し、また、本件質問書が大蔵省の広報担当者に届いたわずか二日後の平成八年三月一五日には、被告講談社に対し、原告代理人から前記の内容証明郵便による通知書が届いているのに、すでに本件週刊誌三月号の校了に間に合わなかったというのであるから、これらの取材を通じて、原告に実質的な反論の機会を与え、十分な事実確認を行ったものとは評価できない。

c また、被告国兼は、平成四年三月二七日付の丙田の検察官に対する供述調書によって、常陽産業が不正融資に関与したことが分かった旨供述するが、当該供述調書が証拠として提出されず、その内容の確認ができない以上、被告国兼が右の方法によって右事実を確認したことに相当の理由があるとは認め難い。

d 被告国兼は、捜査関係者から、乙川が不正融資事件で果たした役割は大きかった旨の証言を得た旨供述するが、右が事実であったとしても、右捜査関係者は直接、乙川の事情聴取に当たった者ではない(被告国兼秀二)ことからすると、右捜査関係者の言葉から、乙川が不正融資グループの一員であると信じたことに相当な理由があるとは認め難い。

e 加えて、被告国兼ら取材班が、貸金の一方の当事者である乙川に対し、原告に対する一二〇〇万円の貸金の有無や富士銀行不正融資事件との関係等についての事実確認のための取材をしなかったことは、弁論の全趣旨に照らして明らかである。

ウ  以上の事実関係の下では、被告らが、原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から一二〇〇万円を借り、平成三年暮れに慌てて返済したとの事実を真実と信じたことに相当の理由があるとも認められない。

(三) 原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から外車(BMW)を購入してもらっていた事実及び原告が乙川に対しBMWの購入資金である五〇〇万円を慌てて支払った事実について

(1) 前記のとおり、右のうち、前者の事実は、本件記事1の「外車供与」と表現された事実であるとともに、本件記事2に摘示された事実であり、後者の事実は、本件記事5に摘示された事実であって、いずれも、原告の名誉を毀損するものである。

(2) そこで、まず、これらの事実が真実であるか否かを検討する。

ア 証拠(甲五、同一八、乙一五、証人乙川春夫、原告)によれば、原告は、平成三年六月ころ、乙川から同人が所有していたBMWを代金二五〇万円で買い、同月二七日ころ、乙川に対し、右代金全額を支払ったことが認められる。

イa これに対し、証人Tは、平成三年一〇月ころ、乙川から、車の代金として五〇〇万円を原告方から受け取ってくるように言われ、カナダ大使館の建物の角で、原告の妻から、車の代金である旨告げられて五〇〇万円の現金を受け取り、その後、常陽産業の社屋に戻り、乙川に直接右現金を渡したと供述する。

しかし、証拠(原告)によれば、原告の妻は、それ以前にTと面識がなかったことが認められ、原告の妻が、そのような面識のない者と、一人で路上で落ち合い、その場で五〇〇万円をもの大金を現金で渡したというのは、不自然であって、にわかに措信し難い。

b また、証拠(被告国兼秀二)によれば、被告国兼の知人のジャーナリストは、被告国兼に対し、原告は常陽産業と関係のあるグラスガレージという外車の輸入販売をしている会社から自動車を購入したが、実際は原告はお金を払っていないと述べたことが認められる。

しかし、これを裏付ける客観的な証拠はなく、右供述から、原告が乙川からBMWを買ってもらった旨の事実を認定することはできない。

ウ したがって、原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川から外車(BMW)を購入してもらっていた事実及び原告が乙川に対しBMWの購入資金である五〇〇万円を慌てて支払った事実が真実であるとの証明はないというべきである。

(3)ア 次に、証拠(被告国兼秀二)及び弁論の全趣旨によれば、Tは、平成八年三月一二日ころ、被告国兼らの取材に対し、右イaに記載したのと同内容の供述をしたことが認められる。

イ しかし、右Tの供述がその内容からして信用できないものであることは、前記のとおりである。

また、被告らの本件質問書の方法による原告に対する取材が、原告に実質的な反論の機会を与え、十分な事実確認を行ったものとは評価できないことも前記のとおりである。

そのほか、被告国兼ら取材班が、一方の当事者である乙川に対し、原告に対する乙川のBMWの売却につき、事実確認のための取材をしなかったことは弁論の全趣旨に照らして明らかである。

ウ したがって、被告らにおいて、原告が富士銀行不正融資事件の関与者である乙川からBMWを買ってもらった事実及び原告が平成三年ころに乙川に対し慌てて右BMWの代金として五〇〇万円を支払った事実が真実であると信じたことに相当の理由があるとも認められない。

(四) 原告がTに対して、二〇〇万円を提供して、富士銀行不正融資事件と原告との関わりについての記事の発行を止めて欲しい旨依頼した事実について

(1) 右事実は、前記のとおり、本件記事2及び同6に摘示された事実であり、原告の名誉を毀損するものである。

(2) そこで、まず、右事実が真実であるか否かを検討する。

ア Tは、この点について、原告から、電話などで、マスコミに対する対処法について一〇回以上も相談を受け、平成三年一〇月ころ、乙川が手配した青山の会員制レストラン「ピロポ」において、原告から現金二〇〇万円の包みを示され、これを経費として使い、記事を止めて欲しいと頼まれたので、金は受け取らなかったものの、右依頼を引き受け、日刊観光新聞の記者の芝崎某に記事を止めてくれるように依頼し、同人と被告講談社に出向いた。しかし、Tは、同被告の玄関の前までは行ったものの、芝崎が帰ってくるのを待たずに帰り、その後、同人から、「交渉はしたが、既に輪転機が回っているので、もう止めることはできない。」との報告を電話で受けたと供述する。

イ これに対し、原告は、その本人尋問において、平成三年一〇月ころ、乙川の仲介で、都内のレストランにおいて、Tと富士銀行不正融資事件に関するマスコミ報道に対する対処方法等について話をしたことはあると供述したものの、その余の点についてはTの右供述内容については、全面的に否定している。

ウ そこで、Tの右供述の信憑性について検討するに、Tは、原告と一〇回以上も話し合いをした旨供述しているにもかかわらず、具体的にどのような話をしたのかについて明確でなく、また、芝崎が行ったとする記事の差止めに係る交渉についても、同人からどのような交渉をしたのかは一切聞いていないと供述している。

このように、Tの右供述は、随所に不自然なところが多く、措信し難い。

エ また、被告らが、右Tの供述内容に符合する事実があったかどうかを、被告講談社内部において調査し、確認した事実を認めるに足る証拠もない。

オ したがって、原告がTに対して、二〇〇万円を差し出し、富士銀行不正融資事件と原告との記事の発行を止めて欲しい旨依頼した事実が真実であるとは認められない。

(3) また、証拠(乙一〇、被告国兼秀二)によれば、Tは、平成八年三月一二日、被告国兼ら取材班に対し、右(2)アに摘示した同内容の供述をしたことが認められる。

しかし、右Tの右供述は、随所に不自然なところが多く、措信し難いものであることは、前記のとおりであり、被告らが、右Tの供述内容の裏付けを取ったと認めるに足る証拠もない。

したがって、他に原告がTに対して、二〇〇万円を差し出し、富士銀行不正融資事件と原告との記事の発行を止めて欲しい旨依頼したことを真実と信じたことに相当な理由があるとは認め難い。

(五) 原告が当初視察予定に入っていなかった浦臼町への視察を実施し、同町の公共工事に関する陳情を受けたという事実及び浦臼町への視察が丁山に対する便宜供与だったのではないかとの論評について

(1) 前記認定のとおり、右事実及び論評は、本件記事3において摘示又は表明されたものであり、原告の名誉を毀損するものである。

(2) そこで、まず、原告が当初視察予定に入っていなかった浦臼町への視察を実施し、同町の公共工事に関する陳情を受けたという事実が、真実であるか否かを検討する。

ア 証拠(甲二四、乙一六、原告)によれば、原告は、平成二年九月一日及び同月二日の日程で、地方財政担当主計官として、浦臼町、砂川市、滝川市の視察を行ったこと、浦臼町では、原告は、ウラウス・リゾート開発予定地を視察し、その際の浦臼町の懸案事項に関する話の中で、町長の山本から、石狩川にかかる橋の付け替え工事のことについて陳情を受けたことが認められる。

イ 右視察について、証拠(乙一六)によれば、当時の浦臼町長山本及び同町企画振興課参事(右視察当時)土橋慧次(以下「土橋」という。)は、いずれも、平成一〇年五月ころ、被告松田に対し、原告の右視察については、直前まで、北海道庁から連絡が無かった旨を述べたことが認められる。

しかし、原告は、その本人尋問において、右視察は、自治省の要請で行った依頼出張であり、出張先の選定は北海道庁と自治省との間で行われ、その結果、日程が実質一日しかないことから、札幌から近い滝川市とその隣町の砂川市、浦臼町の三市町村が選定され、原告はこれを了承したにすぎないと供述する。

このような証拠の関係の下では、原告の浦臼町への視察が当初はその予定に入っていなかったとの事実を認めることは困難である。

(3) 次に、右事実を真実と信じたことに相当な理由があるか検討する。

ア 証拠(甲八、乙一〇、同一五、同一六、同一八の四、被告国兼秀二)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

a 被告国兼ら取材班は、北海道庁関係者(原告の北海道視察の日程を作成した者及び北海道内のリゾート開発事業に関わっていた者)から、「原告の北海道視察の目的はふるさと創生資金の成果を視察するというものであったが、ウラウス・リゾートは、ふるさと創生資金とは関係がない。」「浦臼町の視察は、北海道到着後、原告の希望でなされたものであった。」「視察の際、原告は、浦臼町長の浦臼町内に新しい橋を架けるための予算計上の陳情を同町長から受けたが、右は、異例のことだ。」と聞いた。

b 被告松田は、平成八年二月ころから三月ころまでの間、二度にわたり、浦臼町町長である山本を取材をし、原告の視察が異例である旨の証言を得た。

c また、被告国兼ら取材班は、大蔵省の広報室あてに、本件質問書を送付し、その中で原告の浦臼町への視察の目的について原告に回答を求めた。

イ しかし、右北海道庁関係者らが、右アa記載のような供述をした根拠は、明らかではなく、また、山本の被告国兼ら取材班に対する供述も、原告の視察が異例であると思ったというだけであって、そのことから、原告が浦臼町への視察が後から原告の意向によって視察日程に組み入れたと判断するのは、飛躍がある。

また、前記のとおり、本件質問書の送付を含む被告らの原告の取材は、原告の反論の機会を十分に設けたものとはいえず、被告らが事実確認をしたというには、不十分である。

ウ  したがって、原告が当初視察予定に入っていなかった浦臼町への視察を実施させ、同町の公共工事に関する陳情を受けたという事実が真実であると信じたことについて相当な理由があるとは認め難い。

(4) 次に、原告の浦臼町の視察が丁山に対する便宜供与だったのではないかとの論評が、報道における表現行為として正当なものであるか否かについて、検討する。

証拠(乙一五、原告、被告国兼秀二)及び弁論の全趣旨によれば、原告が右視察の際に町長の山本から陳述を聞いた橋については、その後、実際に予算が計上されているが、これが計上されたのは、平成六年であったこと、原告は、平成三年六月、銀行局に移動になったこと、被告国兼は、本件記事3が執筆、編集されている当時、これらの事実を知っていたこと、原告は、乙川を介して丁山を知ってはいたが、数回飲食を共にしたという程度の付き合いであること、原告の北海道への視察がふるさと創生資金の成果を視察するためだけのものではなかったことがそれぞれ認められる。

そこで、前記(2)及び(3)で検討した事実と右の認定事実を併せて考えれば、右論評は、その前提となる事実自体が真実であるとは認められず、また、これらの事実が真実であると信じるについて相当な理由があるとも認められない。

したがって、右論評は、報道における表現行為として正当なものとは認められず、この点において被告らに過失がなかったとも解されない。

(六) 原告が金銭欲に溺れ、私腹を肥やしているとの論評について

(1) 右論評は、前記のとおり、本件記事8に表明された論評であり、原告の名誉を毀損するものである。

(2) しかし、この点については、本件に現れた各証拠を検討しても、原告が、その地位を利用して、何らかの特別な経済的利得を得ようと図ったり、実際にそのような経済的利益を受けていた事実を認めるに足りる証拠はない。

また、本件記事8は、「金融機関からこぼれ落ちたカネにタカって欲に溺れる」などの表現から、批判の対象が原告個人の人格にまで及んでいることが明らかである。

したがって、右論評は、報道における表現行為として正当なものとは認められず、この点において被告らに過失がなかったとも解されない。

(七) 原告が平成二年六月ころ、乙川、A及びホステス数名らとともに香港旅行に行った事実について

(1) 右事実は、前記のとおり、本件記事9及び同10が摘示する事実であって原告の名誉を毀損するものである。

(2) そこで、まず、右事実が真実であるか否か検討する。

ア 証拠(証人乙川春夫、原告、被告国兼秀二)によれば、被告国兼ら取材班は、捜査関係者及び富士銀行不正融資事件に関係した者から、原告が、平成二年六月ころ、乙川、不動産会社日計のA元社長(以下「A」という。)及びホステスらと香港旅行をした旨聞いたこと、過去に原告及び乙川はともに香港に旅行したことがあることが認められる。

イ しかし、右の取材対象者が、どのような根拠からそのような供述をしたのかは明らかでなく、その供述内容を裏付ける証拠もない。

ウ  したがって、右供述だけでは、原告が乙川、A及びホステスらと香港旅行をした旨の事実を真実と認めることは困難である。

(3) また、右認定したように捜査関係者及び富士銀行不正融資事件に関係した者の被告国兼ら取材班に対する供述が、特に裏付け取材を要しないほどに高い信用性があったと認めるに足る証拠はない。

したがって、被告らにおいて、原告が乙川、A及びホステスらと香港旅行をした事実が真実と信じるに足るに相当な理由があるとは認め難い。

(八) 原告が丁山から一着五〇万円の英国製の服地を贈られた事実について

(1) 右事実は、前記のとおり、本件記事9及び同11が摘示する事実であり、原告の名誉を毀損するものである。

(2) そこで、まず、右事実が真実であるか否か検討する。

ア 証拠(被告国兼秀二)によれば、国兼ら取材班は、捜査関係者及び富士銀行不正融資事件に関係した者から、全日販の経理書類に記載があることとして、丁山が、原告に対し、英国製の一着五〇万円の高級服地を贈った旨を聞いたことが認められる。

イ  しかし、証拠(被告国兼秀二)によれば、被告国兼は、実際には、右全日販の経理書類自体を見ていないことが認められ、右供述を裏付ける証拠も提出されていないことからすれば、右アの供述だけからでは、丁山が原告に対して一着五〇万円の英国製服地を贈った事実が真実であると認めることは困難である。

(3)  また、捜査関係者及び富士銀行不正融資事件に関係した者からの供述のほかに、被告らが、その裏付けのための取材をしたという事実も認められないから、同人らが、右事実を真実と信じたことについて相当な理由があるとも認め難い。

三 以上によれば、本件記事1ないし11のうち、本件記事4、同5のうちの「疑惑が発覚しなかった場合、返済したかどうか疑問である」との部分及び同7の各記事を除いた残りの各記事は、いずれも原告の名誉を毀損するものであり、これらの記事について違法性及び被告らの故意過失の存在を否定する事情は認められない。

そして、前記のとおり、被告講談社は、原告の名誉を毀損する本件記事を掲載した本件週刊誌を発行した者であり、被告元木は、本件週刊誌の編集人兼発行人であって本件週刊誌三月号及び四月号の発行ついて責任者としての立場にあった者であり、被告松田は、本件記事執筆のための取材をして本件記事を執筆した者であり、被告国兼は、本件記事のための取材当初から最終的な記事の作成にかかわった者である。

したがって、被告元木、同松田及び同国兼は、民法七〇九、七一〇条に基づき、被告講談社は、民法七一五条に基づき、それぞれ原告に対し、右の名誉毀損による不法行為責任を負うべきである。

四  そこで、原告の被った損害とその回復方法について検討する。

1  原告は、昭和四四年、大蔵省に入省し、同省主計局主計官等を経て、本件記事が発行された当時は、大蔵省大臣官房審議官の地位にあった者であるが、先に名誉毀損に当たると判断した各記事が掲載された本件週刊誌が発行され、全国各地で販売されたことによって、原告の名誉が著しく毀損されたことは、明らかであり、本件にあらわれた一切の事情を勘酌すると、これによって、被った原告の損害を賠償するには金三〇〇万円が相当である。

2  また、原告は、右金銭による賠償のほかに、新聞への謝罪広告の掲載を求めているが、既に本件週刊誌三月号及び四月号が発行されてから相当の時間が経過していることその他本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、右金員の支払のほかに、日刊新聞の全国版社会面の紙上に謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要があるとは解されない。

五  以上の次第で、原告の請求は、被告講談社、同元木、同松田らに対し、三〇〇万円及び右内金一五〇万円に対する平成八年三月二七日から、右内金一五〇万円に対する平成八年四月二七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、被告国兼に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成九年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官市村陽典 裁判官長野勝也 裁判官内野宗揮)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例